エターナルグルーヴズ〈ETERNAL GROOVES〉

ライナーノーツ

EMI STUDIO Sessions 1964

成功への確かな手応え

エターナル・グルーヴズからリリースされているビートルズの全スタジオ・セッション・シリーズ。
これまで1963年2月11日のレコーディングを収録した『ワン・デイ・セッション(EGDR-0018)』と1963年3月5日のサード・シングル用の『フロム・ミー・トゥ・ユー・セッション(EGDR-0019)』が発表されており、本CDは第3作目となる。
 過去にエターナル・グルーヴズから各アルバムごとのセッション・シリーズがリリースされているが、こちらのシリーズは現存するセッションの全テイクを収録する意向だ。
 レコーディングでは、例えばひとつの曲を、ベストなテイクが録れるまで何度も演奏を試みる。テイク1がベストというのは稀で、多くの場合、テイクを重ねるにしたがっていいものになっていく。
 本CDでも、主となる「キャント・バイ・ミー・ラブ」、「ア・ハード・デイズ・ナイト」、「アイム・ア・ルーザー」、「シーズ・ア・ウーマン」の4曲のセッション音源は、それぞれが7テイク、8テイクと収録されている。中にはイントロだけでストップしてしまうテイクもあるが、よく耳を傾ければ、ストップした理由、例えばリズムが合わなかった、コードや歌詞を間違えた等々を聴き取ることができ、ビートルズの心理状態までもが伝わってくる非常に趣のある音源である。

 この時期のビートルズは、1962年のデビューを経て、翌1963年には「プリーズ・プリーズ・ミー」、「フロム・ミー・トゥ・ユー」、「シー・ラブズ・ユー」と連続ヒットを飛ばして、英国ではトップ・グループの地位を獲得。加えて連日のライヴ活動も功を奏し、ビートルズ人気は欧州の他の国にも飛び火しつつあった。
 想像するに、本人たちも「俺達イケてるんじゃないか!?」「やっていけそうだ」と手応えを感じながら、どんどん創造力を開花させていったのだろう。3枚目となる次のアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』では遂に全曲をレノン&マッカートニーの作品で完成させるのだ。まさにそんな時期である。それでは各テイクを聴いてみよう。

 

29th January 1964 – EMI Pathe Marconi, Paris – afternoon-evening

Can’t Buy Me Love
 1964年の新年早々、1月1日から12日までのロンドン連続公演を終えると、ビートルズは休む間もなくフランス・ツアーに出る。15日から翌2月4日まで、実に21連続公演(そのうちパリは20日間)が組まれていた。
 そんな忙しいツアーの間でもレコーディングを休むわけにはいかなかった。なぜなら、EMIの西ドイツ支部(オデオン・レコード)から「ドイツ語版のシー・ラブズ・ユーを発売したい」との強い要請が届いていたからだ。プロデューサー、ジョージ・マーティンはパリに飛び、EMIの現地スタジオ=パセ・マルコーニ・スタジオを押さえて、パリ滞在中のビートルズとともに1月29日にレコーディングを行う。
 ドイツ語で歌うことに、最初は気乗りしないメンバーたちだったが、実際のレコーディングは順調に進み、「抱きしめたい」のドイツ語バージョンも含め2曲を早々に仕上げると、余った時間を使ってポールの新曲「キャント・バイ・ミー・ラブ」の録音を行った。ここで聴けるのは、まさにそのテイクだ。
 ビートルズが、デビュー以降に英国以外の国で行ったレコーディングは、このパリEMIスタジオでの1回のみである。ここでは「キャント・バイ・ミー・ラブ」は4テイクが録音され、最終的にはロンドンに戻った2月25日にギターソロなどをダビングし完成させている。
 テイク1はマスターテープに記録された音源が発掘されておらず、本CDの最後にボーナストラック(tk.32)として収録された、音質の落ちるモニターミックス(コントロールルームで鳴るスピーカーから録音されたもの)で聴くことができるだけだが、そのテイク1と、本CD1曲目のテイク2では、ポールの平歌部分で、ジョンとジョージで「追いかけコーラス」を入れるアレンジを試している。1988年にThe Swingin’ Pigレコードからリリースされた『ウルトラ・レア・トラックス』に収録され、世界中のビートルズ・ファンの度肝を抜いたバージョンだ。実にビートルズらしい、そのバージョンを筆者は大好きなのだが、本人たちはそれを選ばなかった。本CD2曲目のテイク3(平歌2番までで演奏がストップしてしまう)からは、ポールだけで歌うアレンジで落ち着いている。曲のキーもテイク3からは1音落してC(ハ長調)としている。
 3曲目にはリードボーカルがオフられたバージョンが収録されていて、ジョンとジョージのコーラスワークが確認できる。歌詞があやふやで手探り状態で歌っているが、2番4行目のコーラス直前に、ジョンとジョージに向けてポールが♪Give To Youとガイドで声かけしている。テイク4がOKテイクと判断され、後日にギターソロを入れて完成したバージョンが4曲目だ。

 

16th April 1964 – EMI Studio 2, London – 7:00PM-10:00PM

 3月に発売されたシングル「キャント・バイ・ミー・ラブ」は、予約だけで英国で100万枚を記録。前月の初の米国公演と人気TV番組『エド・サリバン・ショウ』出演などで、一気にその人気に火がついた米国では、なんと予約だけで200万枚を突破。
 ビートルズ人気が世界的現象になりつつある中、次回アルバムの制作は、ジョージのバースデーである2月25日から始まった。「ユー・キャント・ドゥ・ザット」、「アンド・アイ・ラブ・ハー」、「恋する二人」、「恋におちたら」、「すてきなダンス」などを3月1日までに録り終えると、2日から映画撮影が始まる。それがビートルズ初の主演映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!/A HARD DAY’S NIGHT』である。

 

A Hard Day’s Night
 今日はほんとにキツイ日(外を見て暗くなっているのに気付き)・・の夜だ ― タイトル未定のまま、映画の撮影に突入していたが、リンゴの何気なくもらした発言からタイトルが決まる。表現としては少しおかしいのだが、”Eight Days a Week”、”Tomorrow Never Knows”などと同様のリンゴ語だ。タイトルが決まると映画監督のリチャード・レスターは喜び、同曲のレコーディングに立ち会った。「映画のオープニングにインパクトが必要だ」。「曲の終わりには、夢見るようなフェイドアウトが欲しい」。レスターは様々な注文を出したが、その様子を聴くことができるのが本CDの5~13曲目だ。
 ジョンが書き上げたばかりの主題歌に、♪ジャーンのオープニングと、ジョージのアルペジオギターを挿入するエンディングなど、全部で9テイクを試みている。
 テイク1からジョンの伸びやかなリードボーカル、そこにハモるポールのボーカルがイイ感じだ。間奏後にジョンとポールでハモる箇所の歌詞を間違え、サビでポールのリードボーカルにスイッチすると、ポールは歌詞もコードも間違え、その影響で平歌に戻る箇所ではリンゴのリズムがズレたりもするが、試運転のつもりなのだろう、「アハー」と合いの手を入れてメンバー全員が楽しそうに演奏している。
 テイク2、テイク3はイントロの♪ジャーンがうまく響かずやり直すのだが、テイクの度にVOXギターアンプを蹴飛ばすか揺らすかをして、人力でアンプのリバーブ音を揺らしていたのだろう。毎回リバーブの残響音が違って、変な音が鳴り思わずジョンも吹きだしている。
 残響音が上手くいくと、ジョンが♪It’s Been a Hard Day’s Nightと歌いだしてテイク4が始まる。ノリノリで進むが、ギターソロになるとジョージがミストーンを連発し、おそらくポールだろうか?「イエェ~」と囃したてる。ジョージが使うリッケンバッカー12弦エレキギターは、チョーキングをするギターソロには向かないが、「夢見るようなエンディング」のアルペジオでは効果的だ。
 「テイク4~」と誤ってコールされるテイク5は、ジョンとポールのハーモニーのタイミングもバッチリ合ってきて実にファビュラス。間奏は、あらためてダビングしたほうが賢明と判断したのだろう、ジョージはソロを弾くことをやめている。曲にも慣れてきたテイク6になると、これで決めてやるとばかりに疾走感みなぎる演奏で進んでいくが、ジョージがコードを間違えると、直後にジョンとポールも歌詞がぐちゃぐちゃになり演奏を中断している。まさに本気モードの証だろう。テイク7も素晴らしいデキだが、間奏後のサビでポールがベースのコードを間違えてしまう(1’51″あたり)。
 テイク9が、今日我々が耳にする「ア・ハード・デイズ・ナイト」のテイクだ。ボーカルもダブルトラックを重ねてあるが、厚みを出すために加えたイントロのピアンや間奏は、まだダビング前のバージョンだ。エンディングのアルペジオを公式バージョンよりも少しだけ長く聴くことができる。

 この「ア・ハード・デイズ・ナイト」を仕上げた後も、アルバムのレコーディングは続き、最後の録音を終えた日は、ワールド・ツアー出発前日の6月2日だった。3日にはリンゴが扁桃腺を腫らして入院するが、ツアーは代役を立てて決行。
 7月10日にアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』が発売されると大ヒットを記録。12月まで連続21週ヒットチャート1位というのだから恐れ入る。

 

14th August 1964 – EMI Studio 2, London – 7:00PM-9:00PM

 ひと月前にアルバムを発売したばかりだというのに、ビートルズは8月11日、14日と次回作のレコーディングを始める。年間2枚のフルアルバム制作のノルマのために休んでいる暇はなかった。8月19日から9月20日まで、およそ1ヶ月間の大規模な全米ツアーも控えており、その前に早くも取り掛かかることとなったのだ。ここでは8月14日の「アイム・ア・ルーザー」のレコーディング・テープが聴ける。

 

I’m A Loser
 ジョン・レノンに限らず、ビートルズはデビュー前からボブ・ディランを知っていたようだが、1964年1月にディランの3枚目のアルバム『時代は変わる』がリリースされると、ギター1本にハーモニカで鋭い言葉を投げかけるディランのスタイルに、特にジョンは傾倒する。「きみ」と「ぼく」の恋の歌が中心だったポップソングの世界に、三人称を持ち込み「彼女は君を愛してるってさ」という歌詞をヒットさせるという革命を、わずか数ヶ月前に起こしていながら、もうここで単純なラブソングを歌うことからの脱皮を図りだすのだ。
 アイドルとして録音、演奏、旅の連続。急に街を歩くのさえ困難になった状況。自己の本質とのかい離を感じたジョンは、新たな歌詞ワールドに踏み込もうとしていた。

 

I’M A LOSER / アイム・ア・ルーザー (レノン&マッカートニー)

Although I laugh and I act like a clown 僕が笑ったり、おどけてふるまったりしてても  
Beneath this mask I am wearing a frown 仮面の下は ひどい顔なんだ
My tears are falling like rain from the sky まるで雨のように 涙がこぼれていく
Is it for her or myself that I cry? 僕は誰のために泣いているんだろう

I’m a loser 僕は負け犬さ
And I lost someone who’s near to me そばにいた大切な人を失った
I’m a loser 僕は負け犬さ
And I’m not what I appear to be 見た目とは全然違うのさ

 

 ハーモニカホルダーを首に下げ、アコースティック・ギターをかき鳴らすここでのジョンは、まるでボブ・ディランだ。唯一違うのは隣にポール・マッカートニーという、歌ってベースも弾けるソングライターがいることだろう。ジョンの声に、ポールがハーモニーをつけることでビートルズの魔法の粉が降りかかる。
 ここで聴ける「アイム・ア・ルーザー」は公式バージョンとは違う歌い出しのアレンジで面白いが、テイク3ではすでに公式バージョンのアレンジを試している。ジョージは、チェット・アトキンス風のギタースタイルで、ロカビリーやカントリーのテイストを加えようと奮闘。そんな手探りのジョージの演奏もテイクが進むにつれ安定してくる。公式バージョンの間奏は、ジョンのハーモニカ・ソロからジョージのギター・ソロへとリレーされるが、ここではハーモニカの部分はまず伴奏のみを録音し、ハーモニカ・ソロはあとでダビングする計画だったことが分かる。

 

Mr. Moonlight
 同じ日に、このカバー曲も録音されている。ビートルズ初来日の武道館ライヴのTV放送で、羽田空港に降り立ったビートルズが暁の首都高速道路を移動するシーンで「♪ミスタ~アーアー、ムーンライッ~」と流され、日本人には強烈な印象を残した曲だが、海外ではあまり人気はないようだ。ここにはイントロのギターやオルガンが小さくミックスされた別バージョンが収録されている。

 

29th/30th September 1964 – EMI Studio 2, London – evening

 1ヶ月に及ぶ全米ツアーから英国へ戻ったビートルズは、中断していた次作『ビートルズ・フォー・セール』のレコーディングを再開する。「ノー・リプライ」「エイト・デイズ・ア・ウィーク」などを10月までに録り終えるが、先行シングルとなる「アイ・フィール・ファイン/シーズ・ア・ウーマン」も同時期に録音している。「アイ・フィール・ファイン」も5テイク分の音源が存在しているが、それは次回CD(EGDR-0022)に収録されるようだ。

 

What You’re Doing
 ジョージの12弦ギターがフォークロックの雰囲気をかもし出す。テイク11は、平歌でジョンがずっとハーモニーを付けていて超カッコいい!ブレイク部でもジョンのコーラスが残り、そのままポールと歌い続けるというアレンジ。もう、このバージョンの収録は筆者の強い願望でもあった。そして間奏では転調がある。公式バージョンを聴き込んだ方には驚きのバージョンだ。ここまで作りこんでおきながら、そのデキに満足いかなかったのだろう。このバージョンは没となる。あぁ、本当に残念だ。
 結局、10月26日の最終日に再録音され、締め切りぎりぎりで慌てていたのだろう。ポールが歌詞を間違えて歌ったままレコード化されてしまう。テイク11の方向で『ビートルズ・フォー・セール』に収録されていたらと、夢想は尽きない。

 

8th October 1964 – EMI Studio 2, London – 3:30PM-5:30PM

 アルバム『ビートルズ・フォー・セール』のレコーディングの最中に、シングルB面曲として「シーズ・ア・ウーマン」のレコーディングも行っている。レコーディングが進む中でのシングル曲候補は「ノー・リプライ」、「アイム・ア・ルーザー」、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」だったようだが、実際には10月18日に完成した「アイ・フィール・ファイン」が選ばれる。

 

She’s A Woman
 ジョンのバックビートで刻むリズムギターに黒いビートのベースがからむファンキーなロックンロール。テイク2から、ほぼ出来上がっている。テイク3はチューニングが狂っていて、テイク4はリズムの入りに失敗し中断している。テイク6はコーラスもギターソロもピアノもダビングされたバージョンで、公式テイクと同じだが、こちらは3分経過以降のめちゃくちゃになっていく部分がノーカットで聴ける。
 テイク7になると、6分以上となるノリノリ演奏、おふざけ大会となる。こんなビートルズの様子が聴けるのも、このセッション・シリーズの楽しいところだ。

 

26th October 1964 – EMI Studio 2, London – 7:00PM-10:45PM

 アルバム『ビートルズ・フォー・セール』のためのレコーディング、最終日。リンゴが歌う「ハニー・ドント」と、「ホワット・ユーアー・ドゥーイング」の再録を仕上げている。

 

What You’re Doing
 これがその最終バージョンで、曲構成を大幅に改めている。テイク11と聴きくらべてみて欲しい。

 

世界を揺るがせたビートルズの’64 超人的スケジュールのその先に

 先述したように10月18日の「アイ・フィール・ファイン」のセッション・テープは、エターナル・グルーヴズの次回作に収録される予定だが、ここで『ビートルズ・フォー・セール』関連の音源はひとまず終了となる。
 あわただしいスケジュールを、成功という心地よい達成感とともに、勢いで駆け抜けたビートルズ。彼らの才能は、ここからさらに右肩上がりで飛躍を遂げるが、このクリスマス商戦に間に合わせた4番目のアルバムは、さすがにオリジナル曲だけでは足りず、6曲のカバーを収録してのリリースとなった。
 そんな内情とは関係なく、世界的人気はとどまる事を知らず、出す曲すべてがベストヒットを記録。本CDでも、曲間や演奏前のジョンやポールの様子からは、すべてにポジティヴなエネルギーを感じるだろう。
 翌1965年になるとアルバム『ヘルプ!』を発表。世界ツアーは行うが、地元ロンドンでの公演を筆頭に各地のライヴ本数を減らして、スタジオワークに比重を置くようになっていく。爆発的な彼らの創造力がそれを求めたのだろう。

 冒頭にも紹介したが、エターナル・グルーヴズからは、1日でファースト・アルバムを仕上げた「伝説の1963年2月11日」のレコーディングを収録した『ワン・デイ・セッション(EGDR-0018)』や、同年3月5日の『フロム・ミー・トゥ・ユー・セッション(EGDR-0019)』など、本CD同様に「現存するすべての録音テイクを徹底的に収録する」シリーズがリリースされている。
 どれも限定生産のデジパック仕様。それぞれに詳細なライナーノーツが載っているので、併せてお楽しみ頂けたらと思う。

CROSS (the LEATHERS/島キクジロウ&NO NUKES RIGHT)