エターナルグルーヴズ〈ETERNAL GROOVES〉

ライナーノーツ

EMI STUDIO Sessions '64-'65

ビートルズの快進撃は続く

 エターナル・グルーヴズからリリースされているビートルズの全スタジオ・セッション・シリーズ。 たった1日でデビューアルバムを録音した伝説の日、1963年2月11日の『ワン・デイ・セッション』(EGDR-0018)と、サード・シングル用の『フロム・ミー・トゥ・ユー・セッション』(EGDR-0019)。そしてアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』と『ビートルズ・フォー・セール』のための1964年の『EMIスタジオ・セッションズ 1964』(EGDR-0021)が、これまで発表されているが、本CDはその第4作目となる。

 既にこれらをお聴きの方には説明不要だろうが、初めての方へここでご説明しておこう。通常レコーディングでは、例えばひとつの曲の演奏を、納得のいくテイクが録れるまで何回も繰り返し試みる。テイク1がベストというのは稀で、多くの場合、テイクを重ねるにつれていい演奏になっていく。呼吸を合わせながら幾度となくトライを重ねることで、ミュージシャンたちは演奏の流れやノリをつかみ、より良いテイクが録音されていく。その過程でアレンジが変わることがあるのはもちろん、リズムやフレーズ自体が大きく変わる場合もある。そのテイクの前後を聴くことで、どのような理由によって、その変更が選択されたのかをうかがい知ることができるのが、このセッション・シリーズの最大の魅力だ。

 本CDでは、1964年10月18日の「アイ・フィール・ファイン」のセッションから、1965年4月の「ヘルプ!」のセッションまでが収録されている。時期的には4枚目のアルバム『ビートルズ・フォー・セール』から、5枚目のアルバム『ヘルプ!』までの期間である。そのすべての楽曲のセッションが発掘されているわけではなく、主に「アイ・フィール・ファイン」、「イエス・イット・イズ」、「ザット・ミーンズ・ア・ロット」、「ヘルプ!」の4曲に加え「涙の乗車券(ティケット・トゥ・ライド)」と未発表曲「イフ・ユーヴ・ガット・トラブル」が、ここで陽の目をみた。各テイクを聴いてみよう。

 

18th October 1964 – EMI Studio 2, London – 2:30PM-11:30 PM

 9月、全米ツアーから英国へ戻るとすぐにビートルズは、中断していたアルバム『ビートルズ・フォー・セール』のレコーディングを再開する。「ノー・リプライ」、「アイム・ア・ルーザー」、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」などを10月までに録り終えるが、先行シングルはまだ決定していなかった。
 10月6日の「エイト・デイズ・ア・ウィーク」の録音中に、ジョンが「アイ・フィール・ファイン」のギターリフを思いつくと、18日には「アイ・フィール・ファイン」を完成させ、シングル曲に決定する。
 10月9日からは全英ツアーが始まっており、ライヴのない日にレコーディングをする強行軍。翌日からはスコットランドへの遠征が予定されているなか、この日は「エイト・デイズ・ア・ウィーク」を仕上げ、「カンサス・シティ」、「ロック・アンド・ロール・ミュージック」、「ミスター・ムーンライト」、「みんないい娘」などのカバー曲を立て続けに録音していった。

 

I Feel Fine
 1964年11月にシングルとして発売され、史上初めてギターのフィードバック音が使用されたエポックメイキングな曲。作曲は実質的にはジョン・レノン。
 まずテイク1から、フィードバックを意図的に発生させているのが分かる。ポールがベースの3弦のハーモニクスで「A」の音を出すと、ジョンが自分のギブソンのJ-160EをVOXアンプに近づけてフィードバックを起こしている。公式版と違い歌のキーはAだ。リンゴのドラムパターンもまだ軽めである。
 テイク1を途中でストップすると、テイク2ではキーをGに落して演奏を始める。公式版と同じキーになった。ジョンのラフな歌がセクシーだ。これも途中で止まってしまう。
 次は飛んでテイク5になるのだが、はじめてエンディングまで完奏する。これで試運転は終了したのだろう。続くテイク6は歌うことをやめ、演奏に専念してバッキング・トラックの本番だ。ジョージがギターソロのフレーズを思いついたのだろう、何度かフレージングを試し弾きしている。そうやってテイク6は録音されている。
 テイク7はコールのあとに、ガチャガチャとメンバーそれぞれが試し弾きをするだけで終わってしまうが、次のテイク9で満足いく演奏が録れたようだ。ここでのテイク9は空きトラックにボーカルもコーラスもダビングされたバージョンが聴ける。公式版ではフェイドアウトしてしまうところ、最後の最後まで聴けるバージョンだ。
 鮮やかなギターリフにジョンのボーカル、ビートルズらしさ溢れるコーラスワーク、ラテン風味のリズムがグルーヴするロックンロール。ビートルズの要素がすべて詰まった「アイ・フィール・ファイン」ができ上がっていく様子を楽しんでいただけるだろう。特にキーをAでトライしていたテイク1には驚きだ。
 ここで1964年のセッション音源は終わる。次は翌1965年2月まで4ヶ月ほど時計の針を進めよう。

 

15th February 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30PM-5:45 PM

1965年に入ってもビートルズは多忙だった。元旦から休まず1月16日まで、前年の12月24日から続くクリスマス連続公演をハマースミス・オデオンで行い、リンゴのハネムーン休暇が終わった翌日の2月15日からレコーディングが開始された。当然、新曲が必要となるが、このわずかな期間もメンバーたちは曲作りに励んでいたのか、ジョンの「涙の乗車券(ティケット・トゥ・ライド)」と「イエス・イット・イズ」、「悲しみはぶっとばせ」、「恋のアドバイス」。ポールの「アナザー・ガール」と「ザ・ナイト・ビフォー」。ジョージの「アイ・ニード・ユー」と「ユー・ライク・ミー・トゥ・マッチ」などが用意されスタジオ入りしている。
 もちろん、これだけではアルバムの曲数には到底足りない。しかし、レコーディング期間に入るとジョンは「ヘルプ!」、ポールは「イエスタデイ」を書き上げる。そんな勢いが彼らにはあったのだ。

 

Ticket To Ride
 1965年4月にシングルとして発売され、チャート1位を獲得。映画『ヘルプ!4人はアイドル』でもスキーの場面で使用された。  EMIスタジオではレコーディング方法を進化させる。リハーサルから録音ボタンを押して4トラックテープの2トラックに記録し、OKテイクが録音できたら、それを聴きながら、残りの2トラックに本番テイクを録音していく手法を採り始めたのだ。そうすることでぐっと効率的に作業が進められる。
 そのレコーディング初日に、この「涙の乗車券(ティケット・トゥ・ライド)」が、わずか2テイクで完成される。これは上記のレコーディング方法によって、ダビングのテイク数をカウントしなくなったからだ。ジョージは12弦ギターで演奏。12弦ではチョーキング等のソロ用の指使いが困難なためか、ブリッジとエンディングで現れるリードギターはポールが弾いている。リンゴの画期的なドラムパターンや終奏部分でテンポが倍になる展開など、豊富なアイデアが盛り込まれた曲である。平歌部分はAコードが6小節続くコード進行。スリーコードのロックンロールから、さらに一歩進化を遂げたビートルズの新たな境地といえるだろう。

 

16th February 1965 – EMI Studio 2, London – 5:30PM-10:00 PM

Yes It Is
 翌日には、シングルB面の曲になる「イエス・イット・イズ」が録音された。ジョンのペンなる曲で、「ジス・ボーイ」を越えようという思いもあったのだろう。そのデキに、生前ジョンは納得いかなかったと発言しているが、逆にポールは素晴らしい曲と発言もしている。複雑なコーラスワークは、ジョージ・マーティンの助けも借りながら4時間ほど格闘してやり遂げられている。
 この日、ジョージは新たな機材、ヴォリュームペダルを持ち込み、自作の「アイ・ニード・ユー」で試みた後に、この曲でも使っている。手動でギター本体のヴォリュームを操作するヴァイオリン奏法と同じ効果を得るために、足でペダルを踏むことにより操作するマシーンである。が、テイク1などは、まだまだ不慣れな様子で、タイミングに苦労している。ジョンもテイク9までは、鼻歌まじりに軽く合わせている感じで、演奏者のためのガイドとして歌っている。テイク14で伴奏にOKが出て、そこにメインボーカルとコーラスをダビングしたものがtrack15で聴ける。ジョージのペダル奏法も効果的に使われている美しい曲。

 

18th February 1965 – EMI Studio 2, London – 11:00-12:00 noon

If You’ve Got Trouble (outtake)
 アルバムにはリンゴが歌う曲が1曲は収録されることが慣わしだった。そこでジョンとポールは、リンゴ用に、この曲を書き下ろしたが、いざ録音してみると、そのデキに納得がいかず収録は見送られる。間奏前にはリンゴが「誰でもいいからロックしろ!」と叫んでいる。今、聴いてみるとスピード感あるロックンロールで、これがファーストやセカンド・アルバムの頃なら、文句なく収録されたであろう。それだけビートルズのアルバムに収録される楽曲のハードルが上がっていた証である。

 

20th February 1965 – EMI Studio 2, London – 12:00 noon-5:15 PM

That Means A Lot
 そしてもう1曲、これも結局はアルバム収録を見送られ、P.J.プロビーに提供される運命をたどる曲だ。作者であるポールらしさが、そこかしこに現れたメロディを持つ。この日はオールディーズ調のアレンジを試みていて、しっかりコーラスまで録音もしている。エンディングではシャウトするポールが聴ける。

 

30th March 1965 – EMI Studio 2, London – 7:00PM -10:00 PM

 ビートルズは映画『ヘルプ!4人はアイドル』の撮影のため、2月22日からハバナへ出向き、オーストリアにロケ地を移し3月20日まで滞在する。結果的に5月11日まで続くことになる英国での撮影のためにロンドンに戻ると、合間を縫って残りのレコーディングに臨む。この時点では、まだ映画のタイトル曲もできていない。

 

That Means A Lot
 2月20日にやった「ザット・ミーンズ・ア・ロット」に、この日、再びトライする。テイク20では、エイトビートにカントリー調のチョーキングギターを乗せたアレンジを試し、ツインギターのイントロもやってみるが、どうしても納得のいくアレンジを見つけられない様子で、エンジニアのノーマン・スミスのテイク番号のコールが、調整室からむなしく響く。遂にポールは「テストでやってみよう!」と言ってスタートするtrack22では、ボードヴィル調のアレンジを、半ばやけくそ気味に試みたところでセッション・テープは終わってしまう。最終的に選択したテイクでのモノミックスがtrack23で聴ける。

 

13th April 1965 – EMI Studio 2, London – 7:00PM -11:15 PM

 撮影中だった『ア・ハード・デイズ・ナイト』に続くビートルズ主演映画2作目のタイトルは、当初は仮で『ビートルズ・プロダクション2』と呼ばれ、リンゴの提案で『エイト・アームズ・トゥ・ホールド・ユー』に決まりかけていた。それは監督リチャード・レスターが希望した『ヘルプ』というタイトルが、既に登録されていたためタイトル使用を断念したからだったが、感嘆符を付けると許可されることが判明。撮影も終盤を迎えた4月の中旬に、ようやく『ヘルプ!』に決定する。
 リチャード・レスターの証言によると、「映画タイトルが決まった30時間後にはタイトル曲はレコーディングされていた」という。それを鵜呑みにすれば、映画タイトルが決定したのは4月12日ということになる。映画の撮影が英国で続くなか、ビートルズは4月10日にBBC放送にTV出演し「涙の乗車券」をマイム演奏、11日には音楽誌NME主催の「NMEポール・ウィナーズ・コンサート」に出演と、多忙を極めた。そのなかでジョンは、ポールと一緒にウェイブリッジの自宅で「ヘルプ!」を書き上げたのだ。
 そして13日のレコーディングを迎える。この一日は「ヘルプ!」1曲に時間があてられた。

 

Help !
 ポールのカウントからテイク1が始まる。ジョンの12弦アコギが清清しく鳴り響くが、すぐに中断する。テイク2も同様だ。これは一回目のブレイク部で挿しこまれるジョージの弾く下降していくアルペジオ・フレーズが難しいからだと思われる。テイク3も2回目のブレイクで中断している。ジョージが「速すぎる」と話しているのが聴こえ(track27)、あとで個別にダビング録音する選択をしたのだろう。テイク5ではテンポを落して演奏するのだが、もうジョージはそのフレーズを弾いていない。テイク5はボーカルなしで完奏するが、もう既にエンディングの見事なアレンジも決まっていて(終わりを感じさせるF#mコードが、実に巧みに出てくる)、テイク1の前に入念なリハーサルが行われていたことが推測できる。ビートルズは曲の終わらせ方も一流で、最後の最後まで心を砕いてコード進行が練られているのが分かる。
 何度かの失敗を経てテイク9でOKが出ると、そこにボーカルやコーラスを重ねたのがtrack32だ。このコーラスワークは、リードボーカルのジョンが歌う歌詞を、先にコーラスが先導するという、極めて斬新なコーラスアレンジとなっている。すなわち追っかけコーラスではなく、追っかけリードボーカルとなっているという、めくるめく甘美なコーラス・ワールドが展開されるのだ。

 

18th April 1965 – EMI Studio 2, London – 10:00AM -0:30 PM

Help !
 「ヘルプ!」のステレオ版とモノ版では、ジョンのリードボーカルが全く違うテイクだというのは、いまやかなり知れ渡った話だ。これまでビートルズ研究家たちの様々な検証を経て、モノ版のリードボーカルは、5月になってから映画用に録音された可能性が高いということだ。それがモノミックスにのみ採用されたのである。4月録音の本CDでは、ジョンのリードボーカル・テイクはすべてがステレオで発表されたテイクである。

 

本当のロック革命が始まるのはここから

 アルバム『ヘルプ!』に関するセッション・テープは、ここまでしか発掘されていない。ビートルズは、ここで『ヘルプ!』を完成させ、有名なシェイ・スタジアムやハリウッド・ボウルなど大規模な夏の全米ツアーを成功させると、秋に6週間の休暇を取り、次なるアルバム『ラバーソウル』の制作へと入っていく。メンバーたちの意識も、自分たちの音さえまともに聴こえないライヴよりも、スタジオワークに比重を置くようになっていく。
 リバプールの労働者階級の青年たちが世界的スターへと駆け上るここまでだけでも、驚くべきサクセスストーリーだ。6月には女王からMBE勲章も授かる名誉を受ける。しかしビートルズの場合は、これで終わりではない。ここから本当の音楽革命が始まるのだ。  そんなビートルズの生み出す奇跡的なロックミュージックの変遷を、エターナル・グルーヴズも総力をあげて追い続けるだろう。ビートルズ・ファンとして、音楽ファンとして楽しみはまだ続く。

CROSS (the LEATHERS/島キクジロウ&NO NUKES RIGHT)