エターナルグルーヴズ〈ETERNAL GROOVES〉

ライナーノーツ

EMI STUDIO Sessions '65-'66

ライヴ・ステージからスタジオ・ワークへ

 

 エターナル・グルーヴズからリリースされているビートルズの全スタジオ・セッション・シリーズ。現在までに以下がリリースされている。

 

『ワン・デイ・セッション(EGDR-0018)』

『フロム・ミー・トゥ・ユー・セッション(EGDR-0019)』

『EMIスタジオ・セッションズ 1964(EGDR-0021)』

『EMIスタジオ・セッションズ ’64-’65(EGDR-0022)』

 

 1日でデビューアルバムを録音した伝説の日、1963年2月11日の『ワン・デイ・セッション(EGDR-0018)』。サード・シングル用の『フロム・ミー・トゥ・ユー・セッション(EGDR-0019)』。そしてアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』と『ビートルズ・フォー・セール』のための1964年の『EMIスタジオ・セッションズ 1964(EGDR-0021)』、続くシングル盤「アイ・フィール・ファイン」からアルバム『ヘルプ!』までの期間の『EMIスタジオ・セッションズ ’64-’65(EGDR-0022)』だ。本CDはその第5作目となる。

 この期間は、ひとつの曲のまとまったセッション・テープはそれほど発掘されていない。本作でも別テイクとしては「デイ・トリッパー」と「ノルウェーの森/Norwegian Wood」、「ペーパーバック・ライター」などが数テイクにわたって聴けるものの、ここにはその他の発掘された別ミックスを含めて時系列で収録し、ビートルズのスタジオ・ワークの進行具合が判る構成となっている。

 

 ここまでデビュー以来、毎年アルバムを2枚リリースしてきたビートルズ。1965年は8月にアルバム『ヘルプ!』をリリースしたが、「年内にアルバムをもう1枚」というノルマが残されていた。

主演映画撮影、レコーディング、そしてライヴ・ツアーと、売れれば売れるほど多忙を極めたこの時期。さしものレノン&マッカートニーも、すでに新曲のストックは尽きていた。しかし12月にアルバムをリリースするためのデッドラインは11月12日。その日までにアルバム収録の14曲をひねり出さねばならなかった。

 10月12日にスタートしたレコーディングは、11月12日の未明まで約1ヶ月間続いた。以前と違っていたのはライヴの仕事もなく、ただただレコーディングに集中していればよかったことだ。このレコーディング期間は、ビートルズに新たな視座を与えた。まだ無意識下であったのだろうが、単に新曲やカバー曲を寄せ集めるのではなく、ひとつのアルバムを生み出すこと。統一感あるサウンドでアルバムを構成する。リバプール・サウンドの範疇に収まらずにシタール、ハーモニウム(オルガンの一種)、マラカスなど新たな楽器を取り入れる。ポールはベースにファズまでかけている。この頃からレコーディングは深夜まで及ぶことも恒例となり(以下に掲載のスタジオ使用時間帯にもご注目を)、スタジオ・ワークの楽しさに目覚めていく。

 レコーディング期間で唯一の例外は、10月26日にバッキンガム宮殿でMBE勲章の授与に臨んだことだ(本作ジャケット写真はその日のもの)。このビッグニュースは世界にも打電され、英国王室のお墨付きをもらったビートルズは、翌年には日本武道館公演も実現してしまう。

 後に返上することになる勲章だが、この日は笑顔とともに掲示するビートルズだった。

それでは時系列に沿って収録された各テイクを聴いてみよう。

 

12th October 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-11:30 PM

 

 8月31日にサンフランシスコ・カウパレスで全米ツアー最終公演を行って英国に戻ると、約6週間の休暇をとったビートルズ。アルバム『ヘルプ!』が全米1位になった報が届く中、英国では9月13日にリンゴの長男ザック(オアシス、ザ・フーのドラマーとして活躍中)が生まれる。10月11日には、ポールはデッカ・スタジオへ赴きマリアンヌ・フェイスフルの「イエスタデイ」のレコーディングを見学。翌日から『ラバーソウル』のレコーディングがスタートする。

 

Run For Your Life

 最初に取り掛かったのはジョンらしいロックンロールの「浮気娘/Run For Your Life」。ジョンはのちに「大嫌いな曲」と発言しているが、出だしの歌詞が、2行そっくりエルヴィス・プレスリーの「Baby Let’s Play House」から拝借したことを気にしているのではないだろうか。歌も演奏もデキは申し分ないのだが、アルバムでは最後に収録された。確かに1965年の『ラバーソウル』に収めるにはサウンドが1964年風かもしれない。しかし、ジョージ・ハリスンは大のお気に入りである。間奏のスライド・ギターはジョン自ら弾いているらしい。

 

Norwegian Wood 

 午後の4時間をかけて「浮気娘/Run For Your Life」を仕上げると、夜にはアルバムの雰囲気を決定づけた「ノルウェーの森/Norwegian Wood」に取り組む。この日は「This Bird has Flown」という仮題でコールされていて、公式テイクよりも一音低いDのキーだ。ジョージはシタールを演奏。ポップ・ミュージックにインドの楽器が初めて使用された歴史的瞬間だ。後にシタールの師匠となるラヴィ・シャンカールの教えを、この時のジョージはまだ受けてはいない。

 アンニュイなジョンのボーカル、Bメロから登場するポールの見事なハーモニー。素晴らしいテイクだが、ビートルズは、これをよしとせず21日に再度、録音を試みる。

 

16th October 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-12:00 PM

 

 このスタジオ使用時間は、マーク・ルーイソンがEMIスタジオに残された伝票を調査し判明したものだが、12時(PM)とは深夜の12時のことだ。前作までは、慣例からスタジオ使用は午後の10時までと決められていたが、成功を収めたビートルズは、この頃にはスタジオを自由に使えるようになっていたのだ。10月13日に「Drive My Car」のレコーディングで初めて午前0時をオーバーすると、以降は深夜のセッションが恒例となっていく。

 

Day Tripper

 シングル用の曲を書く必要に迫られて仕方なく書いたということだが、見事なロックンロール・ナンバーだ。ジョンいわく「ラバーソウルはマリファナで、リボルバーはLSDで作った」と認めている通り、ドラッグはビートルズにとっても身近なものとなっていた。デイ・トリッパーとはサンデー・ドライバーの様に、たまに運転する人(日帰り旅行者)を指すが、ジョンは白昼夢にブッ飛ぶドラッグ・ソング的意味合いを含ませた。

 1965年12月3日に「恋を抱きしめよう/We Can Work It Out」と両A面シングルとして発売され、全英、全米ともに1位を記録。

 ジョージがギターリフを弾き始め、2周目にベースが1オクターブ下で加わり、3周目にジョンのギターカッティングが重なるイントロ構成は、以降のバンド・アレンジの教科書になる。テイク3では、ジョージのリフを再度ダビングし、ギターリフまでもダブル・トラックにする隠し技で仕上げている。

 

18th October 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-5:45 PM 

 

If I Needed Someone

 16日に「デイ・トリッパー」の後に録音されたが、ボーカルなどのダビングは18日に行われた。ジョージの弾く12弦エレキに3人のコーラスワークも爽快な曲だが、残念ながらセッション・テープは発掘されておらず、ここにはボーカルのリバーブが深い別ミックスで収録されている。ジョージの曲では、ポールのベースが一躍冴えるといわれる定説のはしりだろう。独創的なベースラインだ。

 

20th October 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-11:45 PM

 

We Can Work It Out

 この日、およそ9時間かけてレコーディングされたのが「デイ・トリッパー」と並んで両A面シングルとなる「恋を抱きしめよう/We Can Work It Out」だ。大サビで3拍子になるリズムはジョージが考えた。しかし担当楽器は正確には不明で、アコギはジョンで(ポール説も)、ベースはポール(ジョン説も)。ジョージはギターを弾かずにタンバリンということだ。印象的なハーモニウムはジョン。演奏前にはエレキギターの音も一瞬聴こえるが、曲中には登場せず、これまでのビートルズにはない、実に落ち着いたアンプラグドなサウンドだ。この日、9時間かけて録音されるのだが、どのようにして、この楽器編成に落ち着いたのかが謎である。テイク1の前のリハーサルの音こそ聴いてみたい。

 

21st October 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-12:00 PM

 

Norwegian Wood

 初日である12日以来の再レコーディングで「ノルウェーの森/Norwegian Wood」を完成させる。テイク2は、なんとBメロのコード進行をシタールで弾くイントロで始まる。このBメロは「ノルウェーの森」の特徴的なパートで、曲のキーがD(ニ長調)のところを、Dm(ニ短調)とマイナーキーに転調している独創的な部分なのだ。つまり曲の顔であるイントロをマイナーキーで始める挑戦的なチャレンジだ。通常のイントロも続いて演奏し、やっと1番をジョンが歌いだすころには30秒を費やしている。「シー・ラブズ・ユー」や「「キャント・バイ・ミー・ラブ」など、いきなりサビから始めて、リスナーの心を鷲づかみにしてきたビートルズだったが、ここでは、こんな回りくどいアレンジを試みていることに注目だ。

 ビートルズたちの判断力、曲を生かすミュージシャンシップは、ここでも間違いを犯すことはなかった。当然のようにテイク2を没にして、続くテイク(take4とコールされている)では、元のイントロに戻しているばかりか、キーをEにまで1音あげている。この1音キーあげが決定打となる。キーDの2つのテイクと、キーEのテイクを聴き比べてみて欲しい。不倫告白ソングというアンニュイさをそっと残したまま、サウンドが一気に明瞭になり、ジョンのボーカルが不思議な説得力を帯びてくる。

 これこそが、レコーディング制作の醍醐味であり、ビートルズの底力をとらえた決定的瞬間だろう。

 

22th October 1965 – EMI Studio 2, London – 10:30 AM-11:30 AM

 

In My Life

 ジョンの自伝的な作品「イン・マイ・ライフ」(ポールが一部を手助けした説も)は、18日に取り上げられていた。そこで録り残されていた間奏を、ジョージ・マーティンがダビングしているテイクがこれだ。最初はオルガンで弾いている。これはこれで良いソロだと思うが、ジョージ・マーティンには、もう少し違う景色が見えていたのだ。楽器をピアノに代え、再生スピードを落して、弾きづらい速いパッセージを録音し、テープスピードを戻してリスナーに届けるという裏技を見出し、この歴史的名演が生まれた。

 もしもビートルズが、前年までのように「ライヴ演奏」だけを主眼にレコーディングしていたならば、この名テイクは生まれなかった。

 

24th October 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-11:00 PM

 

I’m Looking Through You

 この日は8時間以上かけて「君はいずこへ/I’m Looking Through You」のレコーディング。ハンドクラッピングやパーカッションで始まる味わい深いスロー・バージョン。この時はまだ書かれていなかった大サビを加えて、11月6日、10日とリメイクされる。

 

26th October 1965 / Buckingham Palace MBE’s

 

 バッキンガム宮殿でMBE勲章を授与される。

 

3rd November 1965 – EMI Studio 2, London – 2:30 PM-11:30 PM

 

Michelle 

 「抱きしめたい」と「シー・ラブズ・ユー」が西ドイツ・オデオンからの要請で、ドイツ語で歌い直してリリースされたこともあるビートルズ。レコードを売るのが商売の業界なだけに、このパターンは結構あって、ストーンズの「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」のイタリア語盤や、D・ボウイの「ヒーローズ」のドイツ語盤などがある。

 しかし「ミッシェル」に限っては、当初からフランス語を取り入れることを意図して書かれた。ポールいわく「フランス語の響きが、このメロディに合う」からだ。デビュー前から、ビートルズたちはブリジット・バルドーなどフランス語の曲を愛聴していたという背景もあったのだろう。曲想とフランス語が見事に一致しているし、一転して英語の世界共通言語「アイ・ラブ・ユー」を連呼するジョンが考えたサビも見事。

 イントロとサビに使われるF#mのコードからクリシェ(ルート音だけ下降する展開)で下がるキャッチーなパートに続き、1番の歌いだしでいきなり長調のF#に転調する発想は、音楽的には超絶すぎて、知れば知るほど驚かされる。凡百の作曲家ならF#mで歌いだすはずなのだ(ギターがある方は、一度やってみて欲しい)。マイナー調のイントロの淋しさを残したまま、♪ミッシェ~ルと歌いだす瞬間に雲が晴れる。F#mだと雲は晴れない。これを「天才的」というのだろう。

 イントロからテンポはおよそBPM=116~118で演奏されるが、エンディングでは110と意図してスローテンポになっている。ここにはエンディングが数秒長いテイクで収録。

 

4th November 1965 – EMI Studio 2, London – 11:00 PM-3:30 AM

 

12-Bar Original  

 過去のレパートリー「消えた恋/What Goes On」をリンゴが歌いレコーディングをしたあとに、ブッカーT&ザ・MG’sに感化されたと思しき、ビートルズ初のインスト・ナンバー「12-Bar Original」のレコーディング。

 結果的に1996年の『アンソロジー2』で短縮バージョンが発表されるまでお蔵入りとなったが、ここでは6分51秒の完全版で収録。

 

8th November 1965 – EMI Studio 2, London – 9:00 PM-3:00 AM

 

Think For Yourself (chorus rehearsal)

 ジョージ・ハリスン作の「嘘つき女」のコーラス練習の部分のテープが残されていた。ここでは、ファンクラブ向けの収録も兼ねていたようで、ちょっとふざけながらも音程の確認をする様子が聴ける。

 1965年にボブ・ディランがロック・サウンドの「ライク・ア・ローリング・ストーン」をリリースし、常識を破る6分越えのシングル盤がヒットすると音楽界は大騒ぎになったが、余り知られていないその後のシングル「寂しき4番街」も、ジョニ・ミッチェルが生涯で一番影響を受けた曲として挙げるなど、影響を受けたアーティストは多い。ジョージの「嘘つき女」という辛辣な歌詞をもつこの曲も、その例に違いない。

 

(Extracts from) The Beatles’ Christmas Record 1965 

 クリスマスへ向けて用意せねばならないのはアルバムだけではなかった。ファンクラブ向けのソノシートに収録するためのメッセージのレコーディングも行った。「イエスタデイ」のメロディで「クリスマスデイ」とやぶれかぶれで合唱するビートルズ(笑)。クタクタになった彼らが、この録音を終えたとき、時計の針は夜中の3時に近づいていた。

 

11th November 1965 – EMI Studio 2, London – 4:00 PM-7:00 AM

 

 明け方の4時まで奮闘した前夜に続く『ラバーソウル』レコーディング最終日は、夕方の4時から録音終了までの予定で始まる。結果、翌朝7時までかかり、全曲を録り終える。

 これまで行き詰ったときはカバー曲で乗り切ったが、今回はすべてをオリジナル曲で録りきったのである。

 

I’m Looking Through You 

 10月24日に取り掛かったこの曲のリメイク。新たな大サビを書き加え、アコースティックなアレンジで完成する。

 

Girl 

 最後の最後にこんな新曲が登場する。ジョンによる「ガール」は、この土壇場で仕上げられた。ここにはボーカルが大きめにミックスされたバージョンで、エンディングも長い。

 

6th, 7th April 1966 – EMI Studio 2, London – 6:00 PM-7:00 AM

 

 1965年12月は、無事『ラバーソウル』が発売となり、英国で9公演を行った以外は、恒例のクリスマス~新年ライブショウも休み、ゆっくり休暇をとったビートルズ。1966年は3月まで英気を養うと、4月からアルバム『リボルバー』のレコーディングに入る。6~7月にドイツと日本へのツアー。そして夏の全米ツアーも予定されていたが、もはやスタジオ・ワークと新曲の制作こそが、彼らの目指すものであった。そのみなぎる創作力が『リボルバー』で開花する。

 

Tomorrow Never Knows /Diff Mono Mix (RM 11/EXE-606-1)

 『リボルバー』セッションの初日。まず、この規格外の新曲に取り組む。哲学的な歌詞、精神の内面からの覚醒を希求するサイケデリック・ソングの中でも最も尖っている「トゥモロー・ネバー・ノウズ」だ。テープループや逆回転など最新技術を取り入れ完成するが、英国モノのアルバムの初回出荷には、手違いによりリミックス11が収録され出荷されてしまう。すぐにリミックス8に差し替えて発売するが、ごく少数出回ってしまったレア・ミックスがこれだ。サウンド・エフェクトや、逆回転のギターソロに大きな違いがある。

13th, 14th April 1966 – EMI Studio 2, London

Paperback Writer

 シングルとして英米ともに1位を獲得。ラブソングではない歌詞でヒットを、とポールがアイデアを出した。いきなりアカペラの3声コーラスから、ヘヴィなギターリフが続く快心のアレンジ。アカペラ部分では、ガイドのギターコード音が小さく聴こえる。ワーキングテープにはハイアットのリズムガイドも入っている。

 この年から20歳のエンジニア、ジェフ・エメリックがチーフに昇格し、ビートルズ・サウンドに大きな貢献を果たす。この曲では特にベースの音質がラウドになり、ロックの時代の幕開けを予感させる。

 

14th, 16th April 1966 – EMI Studio 2, London

 

Rain (RS1)

 シングル「ペーパーバック・ライター」のB面に収録される。エンディングでは、ジョンのボーカルが1行分だけ逆回転で流れ、逆回転ボーカルを刻んだ史上初のレコードとなった。

14日に5時間、16日に11時間かけて、録音スピードや逆回転などを駆使し完成させる。ここにはジョンのボーカルが大きめの別ミックスで収録。リンゴ自身、ベストドラムと振り返る名曲だ。

 

21st, 22th April 1966 – EMI Studio 2, London 

 

Taxman

 最後にギターが大きめにミックスされた「タックスマン」のアセテート・バージョンが聴ける。

 

革新期に入ったビートルズ

 

 1966年。ビートルズは、はっきりと意識してラスト・ツアーを行い、スタジオ・ワーク中心の方向へと舵を切る。EMIスタジオも技術的にちょうど革新期にあたり、相乗効果で楽曲の音楽的クオリティが向上していくのだ。ビートルズの頭の中のアイデアや発想も、もはやロックンロールの範疇には収まらなくなっていた。創造性が爆発する沸点は、もはや止められないところまで来ていたのだ。

 そして遂に11月から「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」を皮切りにコンセプト・アルバム『サージェント・ペパーズ』のレコーディングが始まる。

 

CROSS(the LEATHERS/島キクジロウ&NO NUKES RIGHTS)